研究の背景
フグ毒として知られるテトロドトキシン(TTX)は、近年、フグ類だけでなく、世界各地の沿岸に生息する食用二枚貝からも検出され、食品安全上の新たな課題となっています。これまでの研究から、高濃度のTTXを保有するオオツノヒラムシ(Planocera multitentaculata)の浮遊幼生が、二枚貝の毒化に関与する可能性が示されていました。
一方、オオツノヒラムシはTTXとともに、無毒の類縁体である5,6,11-トリデオキシテトロドトキシン(TDT)を多量に保持しています。しかし、野生の毒化二枚貝からは主にTTXが検出され、TDTはほとんど検出されないという疑問が残されていました。
そこで本研究では、ムール貝として知られるムラサキイガイ(Mytilus galloprovincialis)にオオツノヒラムシの幼生を人工的に摂取させ、TTXとTDTの組織別の蓄積・排出動態をLC-MS/MSで調べました。
研究成果
ムラサキイガイにオオツノヒラムシの有毒幼生500個体を経口摂取させて解析したところ、TTXとTDTはいずれも、摂取直後には消化器官である中腸腺に優先的に蓄積しました。
その後の排出過程には明瞭な違いが見られました。中腸腺のTDT濃度は、摂取直後の9,928 ± 3,022 ng/gから、24時間後には初期値の21%、1週間後には6%、2週間後には1%未満まで急速に減少しました。一方、TTX濃度は24時間後に48%、1週間後に41%、2週間後にも19%が残存しました。軟体部全体でも、2週間後の残存率はTDTが5%、TTXが26%であり、TDTがTTXより速く排出されることが実証されました。
高分解能LC-MSによる解析では、ヒラムシ幼生が保有する他の類縁体についても、monodeoxyTTXsは24時間後、TDTは1週間後、11-norTTX-6(S)-olは2週間後にほぼ消失し、2週間後にはTTXのみがムラサキイガイの体内に残存することが示されました。TDTの急速な減少は、体内でTTXなどへ代謝されたためではなく、選択的かつ速やかに排出されたためと考えられます。
図1:ムラサキイガイにおけるTTXとTDTの異なる排出特性モデル。TDTはTTXより速く排出される。
貝類の安全監視への応用
本研究は、オオツノヒラムシに大量に含まれるTDTが野生の二枚貝からほとんど検出されない理由を、二枚貝におけるTDTの迅速な排出特性によって説明しました。
野生の二枚貝からTDTが検出された場合、直近の数日から1週間以内に有毒ヒラムシの幼生などを摂取した可能性を示す指標として利用できると考えられます。TTXとTDTの組成を調べることで、二枚貝が毒化しつつある段階か、毒を排出している段階かを推定できる可能性があり、出荷制限や安全対策のための早期警戒システムの高度化に貢献することが期待されます。
論文情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 論文タイトル | Differential accumulation and excretion of tetrodotoxin and 5,6,11-trideoxytetrodotoxin in the mussel Mytilus galloprovincialis following ingestion of toxic flatworm larvae |
| 著者 | Megumi Morimura, Wakana Yuu, Kyoko Shirai, Rei Suo, Shiro Itoi |
| 掲載誌 | Marine Biotechnology, Volume 28, Article 146 |
| オンライン公開 | 2026年9月1日 |
| DOI | 10.1007/s10126-026-10690-7 |
| 論文閲覧 | Springer Nature SharedIt |
用語解説
テトロドトキシン(TTX)
フグ毒として知られる神経毒です。電位依存性ナトリウムチャネルを阻害し、強い毒性を示します。
5,6,11-トリデオキシテトロドトキシン(TDT)
TTXと構造が似た天然の類縁体で、TTXと比べて毒性が極めて低い化合物です。
LC-MS/MS
液体クロマトグラフィーと質量分析を組み合わせ、試料中の化合物を分離・同定・定量する分析法です。
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増殖環境学研究室
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