研究の背景
ネコが仲間の尿のにおいを嗅いだ後、口を半開きにして見せる独特の表情は「フレーメン」と呼ばれます。ネコはこの行動を通じて、尿に含まれる個体情報を認識していると考えられています。一方で、尿のにおいは時間や環境によって変化し得るにもかかわらず、「誰のものか」という情報がどのように安定して保たれるのかは、十分に明らかになっていませんでした。
日本大学生物資源科学部の井上菜穂子准教授、日本大学理工学部の鈴木佑典氏は、岩手大学の宮崎雅雄教授らの国際研究グループと共同で、ネコのフレーメンを手掛かりに、尿中の個体情報を支える化学成分とその供給機構を調べました。
尿などのにおいを嗅いだ後にフレーメンを示すネコ
研究成果
研究グループは、フレーメンを指標として尿中成分を調べ、特殊な脂肪酸である「分岐鎖脂肪酸」を十数種類発見しました。その種類と比率はネコごとに異なる一方、同じ個体では採尿日が異なっても、また尿を室温で24時間置いても比較的安定していました。さらに、行動試験により、ネコが個体ごとに異なる分岐鎖脂肪酸の組成を嗅ぎ分けられることも示されました。分岐鎖脂肪酸は、ネコのマーキング尿に個体情報を与える「においの名刺」の有力な候補と考えられます。
また、分岐鎖脂肪酸を含む脂質が、腎臓に脂肪滴として蓄積していることが明らかになりました。腎臓の脂肪滴が「においの名刺」の貯蔵庫として働き、個体特有の組成を安定して尿へ供給している可能性があります。関連する尿成分や腎臓の脂質蓄積は、ライオン、トラ、イリオモテヤマネコなどでも確認されました。
本研究は、動物のにおいを介した個体識別と脂質代謝の仕組みを理解する基礎研究として重要であり、将来的には、尿臭の制御や脂質蓄積の理解、希少ネコ科動物のモニタリングへの応用が期待されます。
論文情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 論文タイトル | Signatures of branched-chain fatty acids derived from a kidney reservoir confer stable chemical individuality on domestic cats |
| 著者 | 宮崎雅雄(責任著者)、市沢翔太、上野山怜子、伊藤優梨亜、宮崎珠子、山下哲郎、Stefan Schulz、Jana Caspers、井上菜穂子、鈴木佑典、森笹瑞季、中西希、遠藤泰之、伊澤雅子、Guadalupe Gómez-Baena、Beatriz Ortiz-Guisado、Elisa María Espinosa-López |
| 掲載誌 | Current Biology |
| DOI | 10.1016/j.cub.2026.07.045 |
| オンライン公開 | 2026年8月20日(日本時間) |
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生物機能化学研究室
井上 菜穂子(いのうえ なおこ)准教授
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