研究の背景
フグの卵や仔魚は、母親から受け継いだ猛毒のテトロドトキシン(TTX)によって捕食者から身を守ると考えられてきました。一方、フグはTTXだけでなく、構造の一部が異なり、ほぼ毒性のない類縁体 5,6,11-トリデオキシテトロドトキシン(TDT) も母親から受け継ぎます。しかし、TDTが仔魚の生存にどのような役割を果たすのかは明らかになっていませんでした。
日本大学生物資源科学部の糸井史朗教授を中心とする、東京大学、金沢大学、東北大学、名古屋大学、新潟県立海洋高等学校などの共同研究グループは、捕食実験、ビデオ解析、ホールマウント免疫染色を組み合わせ、クサフグ仔魚におけるTDTの生態学的機能を調べました。
研究成果
組織全体を観察できるホールマウント免疫染色により、母親由来のTDTが、TTXと同様にクサフグ仔魚の体表(表皮)全体に局在していることが確認されました。
さらに、メジナやヒラメの稚魚を用いた捕食実験では、捕食者がTDTのみを持つフグ仔魚を口に含んでも、すぐに吐き出すことが観察されました。とくにメジナでは、TTXだけを持つ仔魚は食べられることがある一方、TDTを持つ仔魚はほぼ確実に吐き出され、生き残りました。体表のTDTが口に入れた瞬間に味覚で感知され、捕食者の忌避行動を引き起こす、高効率な化学的警告シグナルとして機能すると考えられます。
図:フグの仔魚におけるTDTを利用した生存戦略。TDTによる感覚的忌避と、TTXによる致死的毒性が互いを補う。
2つの物質が支える相補的防御
自然界では、フグの母親が卵にTTXとTDTの両方を供給します。本研究から、一部の天敵にはTTXの致死的毒性で対抗し、TTXが効きにくい天敵にはTDTによる感覚的忌避で対抗するという、2つの物質が互いの弱点を補う 相補的防御(Complementary Defense) が機能していることが示されました。
また、近年の研究では、フグ自身はTDTの匂いに誘引されることがわかっています。TDTは捕食者に対しては「危険シグナル」、フグの仲間同士では「社会的シグナル」として働く、二面的な生態機能を持つことも示唆されました。
論文情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 論文タイトル | Minimally toxic tetrodotoxin analogs function as rapid chemical warning signals in pufferfish larvae |
| 著者 | Yui Kaneko, Keishiro Inahashi, Inori Watanabe, Taiki Okabe, Nao Shiratori, Kyoko Shirai, Ryo Yonezawa, Rei Suo, Hajime Matsubara, Nobuo Suzuki, Masaatsu Adachi, Hideki Abe, Toshio Nishikawa, Shuichi Asakawa, Shiro Itoi |
| 掲載誌 | iScience |
| DOI | 10.1016/j.isci.2026.117080 |
研究助成
本研究は、科研費基盤研究(A)(課題番号:19H00954、23H00347)、日本大学特別研究(採択年度:2023~2024)、および金沢大学環日本海域環境研究センター共同研究(課題番号:23032、24025、25027)の支援を受けて実施されました。
用語解説
5,6,11-トリデオキシテトロドトキシン(TDT)
フグ毒テトロドトキシン(TTX)の構造の一部が異なる天然類縁体です。TTXが作用する電位依存性ナトリウムチャネルへの結合親和性が低く、ほぼ毒性がないことが知られています。
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増殖環境学研究室
糸井 史朗 教授