研究の背景
マダイは、日本の海面養殖を代表する魚種の一つです。半世紀以上にわたる選抜育種により、成長の早い系統や特定のウイルス病に対する耐性を持つ系統などが開発され、養殖生産の向上に大きく貢献してきました。
一方で、長期間にわたる選抜育種や限られた親魚に由来する創始者効果により、養殖集団の遺伝的多様性は天然集団と比べて低下しています。また、天然魚と養殖魚の間には遺伝的な違いが蓄積しており、両者を異なる管理単位として扱う必要があると考えられています。
養殖マダイは台風などの自然災害や網生け簀の破損により、自然界へ逸出することがあります。これまでの研究から、愛媛県宇和海では養殖マダイの逸出や天然個体との交雑が起こっていることが明らかにされていました。しかし、同様の現象が他の主要な養殖産地でも起きているのかは、十分に分かっていませんでした。
本研究では、日本の主要なマダイ養殖産地を対象に、天然海域から採集したマダイを用いて、養殖魚由来の逸出個体の有無と天然集団への遺伝的影響を調べました。
掲載誌 Aquaculture の表紙
研究方法
全国8地点から天然マダイのサンプルを収集しました。青森県と兵庫県は、周辺でマダイ養殖が行われていない地域として選定しました。一方、養殖が盛んな地域として、三重県、和歌山県、高知県、愛媛県、長崎県、熊本県のサンプルを用いました。各集団について48個体以上を収集し、集団遺伝解析に用いました。
全国規模の解析を行うため、マダイの遺伝子型判別に特化した GT-seqパネル を開発しました。GT-seqは、次世代シーケンサーを用いて多数のSNP(一塩基多型)を効率的に解析する手法で、保全遺伝学、個体群モニタリング、資源管理などに利用されています。本研究では、249個のSNPを対象とし、そのうち良好なデータが得られた203個のSNPマーカーを解析に用いました。
図1: サンプリング地点と各地域のマダイ養殖生産量
研究成果
SNP情報を用いて集団間の遺伝的な違いを評価したところ、養殖集団間には統計的に有意な遺伝的分化が認められました。この結果は、種苗生産会社ごとに異なる養殖系統が維持されていることを示しています。また、養殖集団と天然集団の間にも有意な遺伝的分化が認められ、両者を区別して管理する必要があることが改めて示されました。
天然集団同士の比較では、地理的に離れた青森県と熊本県の集団間で明確な遺伝的分化は認められませんでした。一方で、高知県、愛媛県、長崎県の3地点では、他地域の天然集団とは異なる遺伝的特徴が確認されました。
さらにADMIXTURE解析により、各個体の遺伝的構成を推定しました。その結果、高知県と愛媛県の集団では、養殖集団に由来すると考えられる遺伝的特徴を強く示す個体が複数確認されました。愛媛県宇和海で養殖マダイの逸出が起こっていることを示した既報と一致しており、異なる調査年でも同様の傾向が確認されたことになります。
図2: 養殖集団と天然集団を用いたADMIXTURE解析、および天然集団のみを用いたADMIXTURE解析による遺伝的組成の可視化
養殖魚との交雑の影響
高知県、愛媛県、長崎県の3地点で他地域とは異なる遺伝的特徴が認められたことから、養殖魚との交雑の影響を評価しました。解析には、交雑の程度をベイズ法により推定する gghybrid を用い、各個体の hybrid index(交雑指標)を算出しました。
その結果、高知県、愛媛県、長崎県の集団では、他地域と比べて hybrid index が有意に高く、養殖集団由来の遺伝的影響が相対的に強いことが示されました。また、これらの地域では、養殖魚と天然魚の遺伝的混合を示すカテゴリーに分類される個体の割合が 30〜40%程度 に達しました。
ただし、本研究で用いたSNPパネルでは、F1、F2、戻し交雑といった交雑世代を厳密に区別することには限界があります。そのため、この値は「特定の交雑世代の個体が30〜40%存在する」ことを意味するものではなく、「養殖集団由来の遺伝的影響を受けた個体が相対的に多い」ことを示す結果として解釈する必要があります。
図3: 青森集団と養殖3集団を基準集団とした、推定交雑個体の評価
今後の展開
本研究により、マダイ養殖が盛んな高知県、愛媛県、長崎県の天然マダイ集団では、養殖集団由来の遺伝的影響が他地域よりも強く認められることが示されました。これらの地域では、逸出した養殖マダイとの交雑、またはその後の遺伝的混合が、天然集団の遺伝的構造に影響している可能性があります。
本研究で開発したGT-seqパネルは、マダイにおける養殖魚の逸出や天然集団への遺伝的影響を継続的に監視するための実用的なツールとして利用できます。今後、このような遺伝的モニタリングを継続することで、養殖魚の逸出が天然資源に与える影響を定量的に把握し、持続的な養殖業と天然資源の保全に資する管理方策の検討につながることが期待されます。
また、なぜ高知県、愛媛県、長崎県の3地点で養殖集団由来の遺伝的影響が強く認められたのかを明らかにするため、より細かな空間スケールでのサンプリングを進める予定です。天然魚と養殖魚の交雑が、成長、生残、繁殖などの表現型にどのような影響を及ぼすのかについても検討していきます。
論文情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 論文タイトル | Influence of farm escapees on genetics of red sea bream Pagrus major revealed by GT-seq SNP panel |
| 著者 | 澤山 英太郎、藤原 成晴、富永 海翔、田内 哲平、瀧田 海生、山崎 藤子、高木 基裕 |
| 掲載誌 | Aquaculture |
| 公表日 | 2026年6月1日 |
| DOI | 10.1016/j.aquaculture.2026.744262 |
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海洋生物生理学研究室
澤山 英太郎(さわやま えいたろう)